新EP「COVERS.」について

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    「COVERS.」ブログ

    先日、EPを出しました。

    「COVERS.」
    www.mediafire.com/file/kwf45m3f6l8ewv5/COVERS..zip


    https://soundcloud.com/clarknaito/sets/covers

     

     

     

    ↓曲目↓
     崟超(MY BLUE HEAVEN)」二村定一cover
    https://youtu.be/jntWeCjRKH0

    ◆JUNJI TAKADA」kohh cover
    https://youtu.be/sTavto-VPzY

    「Cho Ero De Gomenne」明日花キララ cover
    https://youtu.be/Jkl16mN6DBQ

    ぁ崚轡廛蕁THE STALIN cover
    https://youtu.be/jnyfNTm0JJs

    ァNO FUN」IGGY&THE STOOGES cover
    https://youtu.be/tdgaCpkSAl4

    Α崔を怨めばいいのでございましょうか」三上寛 cover
    https://youtu.be/7HvjXzwfkvE

    А4800日後…」METEOR cover
    https://youtu.be/RNY7SPZoi8s

    ─屮轡礇鵐僖鵑肇錺ぅ鵝Champagne and Wine)」OTIS REDDING cover
    https://youtu.be/uYZzE-EPM_o

    「さよならアメリカ、さよならニッポン」はっぴいえんど cover
    https://youtu.be/uN09Kr-8sic


    新旧の音楽をビートジャック、サンプリングした9曲のカバーアルバム。
    フリーダウンロードできます。

    冗談音楽といえばそうなんだけれども、もうちょっとは手の込んだ洒落とも言えるので、なんかちょっと書いてみようかなと思います。


    ロックンロールと、曲を作る事が好きでずっとやってるんだけれども、最近どうもモヤモヤとする気持ちが大きくなってきた。
    いい曲ができればテンションが上がるし、カッコイイ曲をきいてもテンションが上がる。なんだけれども、その後に「だから何だというのだ」という気持ちも出てきてしまう。
    そんな事を考えるのは不純だと思う。テキトーに何も考えないただのバカでいたい。それでも頭の中にどうしても「?」マークは浮かぶ。浮かんでしまったって無視すればいいんだけれども、昔より無視できないくらい「?」マークは最近大きくなってきた。空っぽ。虚無感。そういう気持ちも増えていった。

     

    巷の音楽はNO FUN。つまんねえと仮定して、今まで見た事ないタイプのロックンロールを作ろうと思ってずっと活動してきた。それを見たり聴いたりして賛同、興奮してくれる人達がいた。それだけをやっていけばいいじゃないか、と思っていたんだけれども、それだけやってりゃいいってもんじゃないんじゃないか、とも最近よく思う。

     

    例えば。僕は結婚していて奥さんがいる。独身の頃は自分が結婚できるなんて思ってもいなかった。自分には普通の幸せは手に入るまいと思っていたので、日曜の夜に「サザエさん」を見ると半泣きになったり、「狭いながらも楽しい我が家」というようなありもしない思い出に浸りつつアンビエントの音楽をききながら寝るのが日課だった。今はその光景が現実に目の前で毎日繰り広げられている。これは大事にするよりほかないだろうと思う。

     

    そうなると、色んな事を無視して音楽だけやってりゃいい、みたいな生活に疑問が出てくる。単純に年をとった事もある。人間としての生活、芸人としての人生、そういった事のバランスのとり方のようなものがうまくできていないような気がしてきた。後先考えずってだけじゃいけないんじゃないか。ガキできてもアーティストでいたいけど先の事はわからないです

     

    「余計な戯言や能書きを言うな、ゴタゴタ言ってないで人生だろうが生活だろうが何にでも全力で取り組めばいいじゃないか」と言うのはご尤もだし、そう思ってやってきているんだけれども、そうしている合間にも「だから何だというのだ」という気分は拭えずにいる。それで不安は消えるのか?未来が明るくなるのか?うん?わからない。頑張りましょうと言えないのがとても残念です

     

    やめるか。さよなら。いや続けるにしてもとりあえず一回やめてみるか。なあ?そう考える頭の別の場所で、それでも次に作る曲のアイデアはあれやこれや浮かんでくる。良く言えばそれが情熱って事なんだろうか。人のいない荒野でただ風車が無意味にぐるぐる回り続けているようで面白い。淋しい。

     

    このままじゃやっていけない。そう思うのであれば、そう思っている事が表現できる音楽が作れたらいいんじゃないか。もっと言うと、「できない」なら「やらない」って事をやればいいんじゃないか。作詞作曲もしない、トラックも作らない、ジャケもタイトルもパクリ、そんなアルバムを作ってみよう。そう思ってできたのが今回のEPです。

     

    そんなコンセプトで商品にできるわけもなく無料。「素晴らしすぎて発売できません」ってのがキャッチコピー。これもパクリ。いわゆる正攻法の制作方法ではないんだけれども、予想よりも随分と傑作になってしまったと思う。邪な道が僕の王道だ。どうもそうらしい。

     

    昔はほとんど曲のカバーはしなかったけれども「オリジナリティーにこだわるなんて不自由だよな」とはずっと思っていた。3年前にネモトさんに誘われて入ったCHILDISH TONESはカバー曲をたくさん演奏するバンドで、このバンドに加入できたおかげで自分の中で曲をカバーするという事がOKになっていったと思っている。よかった。

     

    「4800日後…」について、実はこの曲も最初は洋楽のトラックのビートジャックで作っていた。しかしMETEORさんにカバーさせて欲しいと連絡したところ、面識がない僕のオファーを快諾するどころか「トラック送りますよ」とまで言ってくださり、その気持ちが嬉しい事もあり原曲のトラックでカバーし直した。ありがたい。

     

    往生際悪くヤケ気味の発想で作ったEPなんだけれども、それでも制作にあたってはそういう人々との経緯や、気持ちのやりとりがあった。

    また、「一音一音気持ちを込めて」というような音楽とは決して言えないけれども、あえて自分を消そうとして借り物でつぎはぎした音の隙間から、それでもどうしたって自分の気持ちがはみ出してしまう、そういう音楽になったと思う。

    OTIS REDDING のカバー曲は唯一自分で日本語詞を書いたという事もあり、そのはみ出し方が顕著だと思うので、最後に歌詞をのせておきます。好きな人や物事には、だいたいこんな感じで接しています。

     

    「シャンパンとワイン Champagne and Wine」 (OTIS REDDING COVER)


    あの頃は公園で 缶ビール飲んではしゃいでた
    スッポンポンでゲロはいて そういうの最近減っちゃったな

     

    でも
    今はまだ途中だから お楽しみはこれから
    死に損なって オッサンになって
    シャンパンとワインで乾杯しよう

     

    シャンパンとワイン
    そんなガラじゃねえ

     

    あの頃を1人で 発泡酒飲んで思い出す
    君も多分思い出してる そういう事にして強引に寝る

    今はまだ途中だから お楽しみはこれから
    小金持って オッサンになって
    シャンパンとワインで乾杯しよう

     

    シャンパンとワイン
    いつか似合うかねえ

     

    好き勝手 変わってくれ
    どうしたって 見間違えねえよ
    元気でいてくれ

    シャンパンとワイン


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